サッカーを愛し、すべてを捧げた男。中山雅史が残した名言

配信日:2015/11/06 08:19 Written by 阪野 俊也
まだ評価がありません
サッカーを愛し、すべてを捧げた男。中山雅史が残した名言
4 Dec 1999: Masashi Nakayama of Jubilo Iwata skips past the Shimizu S-Pulse defenders lunge during the Japanese J-League Suntory Championship First Leg match played at the Jubilo Iwata Stadium, Iwata in Japan. Iwata won the first leg 2-1 and went on towin the 1999 J-League Championship. \ Mandatory Credit: Shaun Botterill /Allsport
これほどまでに日本サッカー史に記録と記憶を残した男はかつていただろうか。情熱と笑顔のストライカー、ゴン中山が残した名言(迷言?)。


「僕はチームが下痢の時と、便秘の時だけ使われる」
1993年、中山は当時の代表監督、ハンス・オフトにスーパーサブとして起用されることが多かった。
「オフト、俺はお前を信じる。お前も俺を信じろ。」
その起用に対しての鬱憤を取材カメラにぶつけた一言。コミカルに語る中にも本音を滲ませ、周囲の選手は大爆笑。

「中山ゾーンはゴールラインの2m手前。チームメイトがGKを外してくれて、中山ゾーンまで持ってきてくれれば、僕は確実に決めます!」
イタリアのファンタジスタ、デルピエロのデルピエロ・ゾーンに対抗しての発言。

他のFWにない売りは?と聞かれて、ズバリ。
「笑顔ですか(笑)」

「苦しいことの方が大きいと思う。それをサッカーへの情熱が上回れば、1つの勉強になる。失敗でもいい。大きな挑戦。経験として、僕の中で蓄えられればいい。」
42歳にして現役続行を発表。新天地、札幌へ。
「まだまだ走り続けたいんだな」
ジュビロ磐田サポーターへ向けて。

「サッカーを愛するがゆえに、自分の体を痛みのある状態にしてしまったのかもしれません。けれども、サッカーを愛したことに後悔はありません。」
歩くことさえままならない状態にまで膝を酷使し、10回を超える手術を受け、それでもピッチに立つことを貫いた。

「私、中山雅史は今シーズンをもちまして、第一線を退くことを決めました。」
「未練タラタラです」
「バリバリになったら、カムバックするかもしれません」
2012年、最後の最後まで「引退」を口にすることはなかった。半分は冗談、でも半分は本気でカムバックを考えていた。

そして2015年
「醜態をさらすのかもしれない。でも醜態をさらせるだけ(コンディションを)高められるなら、それもよしかなと思う。」
あの日から3年、サッカーへの情熱が色褪せることなく帰ってきた。

JFLのアスルクラロ沼津と選手契約を果たした中山。10月11日には古巣・ジュビロ磐田との練習試合で実戦復帰。コンディション次第ではあるが、年内にJFLの公式戦に出場する可能性も出てきた。中山隊長の「ゴンゴール」が見られる時はもうそこまで近づいている。
この記事を書いたライター: 阪野 俊也 このライターの他の記事を見る

■おすすめ記事

■関連付けられたタグ

 中山雅史
[タグを付ける]

コメント

まだコメントはありません。

新しいコメントを投稿する

 画像選択

サッカーが好きな人はフォロー!
「サッカーちゃんねる」ならではの情報をお届けします。

ぼくらのプロレス

プロレス好き必見!
ファン目線のプロレスサイト!

週間ニュースランキング