ルイ・ファンハールの対立と育成の歴史

配信日:2015/08/15 07:00 Written by 西浦昇
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ルイ・ファンハールの対立と育成の歴史
AMSTERDAM, NETHERLANDS - NOVEMBER 14: Louis van Gaal of Netherlands looks on prior to the International Friendly match between Netherlands and Germany at Amsterdam Arena on November 14, 2012 in Amsterdam, Netherlands. (Photo by Joern Pollex/Bongarts/Getty Images)
マンチェスター・ユナイテッドのルイ・ファンハールが大鉈を振るっている。
昨シーズン獲得したビクトル・バルデスをU-21チームに左遷、右サイドバックのラファエル・ペレイラもリヨンに放出してしまった。チチャリートの愛称で呼ばれているハビエル・エルナンデスも目下、移籍先を探している最中だ。
昨シーズンではあるが、香川真司も彼の犠牲者と言っていいだろう。

しかし、これが彼のやり方である事は、これまで率いてきたバルセロナとバイエルンでの実績を見ると分かる。

FCバルセロナを率いていた1997年~2000年時代には、トップ下でのプレイを希望しているリバウドを左ウィングで起用し、リバウドと対立している。
結局、リバウドは2002年、再びファンハールのバルセロナへの監督就任が決まるとACミランへと移籍していった。
また、97年にはワールドカップ得点王にもなったベテランのストイチコフを冷遇した。
いまだにストイチコフがファンハールに対し、批判的なコメントをしているニュースを見かける為、恨みは深いようである。

再びバルセロナに戻った2002年には、ファン・ロマン・リケルメに対し、記者会見で「私が望んだ選手ではない。」と配慮が欠ける発言をし、試合でも彼を本来のトップ下で起用せず、冷遇した。

バイエルンでも、ルカ・トーニやルシオを冷遇し、自分がユースから上げたトーマス・ミュラーやホルガー・バトシュトゥバーを重用した。結果、トーニとルシオは出場機会を求めてイタリアへ移籍していった。

ベテランには厳しい監督である一方で、ユースチームから若手の選手を上げる事には定評のある監督である。

最初に監督になったアヤックス(91年~97年)では、多くの若手選手(ベルカンプ、クライフェルト、ダービッツ、せードルフ等)を起用し、94/95シーズンにミランを破りチャンピオンズカップ(現在のチャンピオンズリーグ)を獲得した。
ちなみに、当時のアヤックスのセンターバックは、現マンチェスター・ユナイテッドのダレイ・ブリントの父親であるダニー・ブリントである。
親子二代に渡って、同じ監督の元でプレイするケースは珍しいのではないだろうか。

第一期バルセロナ(97年~00年)では、カルロス・プジョール、チャビ・エルナンデス、第二期バルセロナ(02年~03年)ではアンドレス・イニエスタとビクトル・バルデスをそれぞれ昇格させ、黄金期の選手を昇格させた監督としてクラブの歴史に名を残している。

バイエルン(09年~11年)でも、前述のトーマス・ミュラーやホルガー・バトシュトゥバー、ダビド・アラバをトップチームに定着させた。現在も彼らはバイエルンで主力である。

これまでの実績から考えても、マンチェスター・ユナイテッドでも同様に、ベテランを冷遇し、若手にチャンスを与えるだろう。
プレシーズンマッチでも、大胆に若手選手を起用しており、フレッシュな戦力の台頭が楽しみである。

2017年で監督業の引退を示唆しているが、その頃には予測もつかない選手がマンチェスター・ユナイテッドのスタメンに名を連ねている事は想像に難くない。
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