【プレイバックW杯 1982】パオロ・ロッシ。「ブラジルを泣かせた男」

配信日:2015/08/26 09:30 Written by plastic_theater
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パオロ・ロッシは1982年のワールドカップ第12回、スペイン大会において、母国イタリアを3度目の優勝に導くとともに、自身も6点を挙げ、得点王に輝いた。2次リーグブラジルでのハットトリックは、今でも語り草となっている。

ロッシはユヴェントスでのキャリアを経て、ヴィチェンツァに移籍。1976、77年シーズンには2年連続で得点王に輝き、ヴィチェンツァのセリエA昇格にも貢献した。1978年にはW杯イタリア代表に選ばれ、3ゴールを挙げる活躍を見せた。
しかしその後、八百長(トトネロ)に関与した疑いがもたれ、低迷の時期が訪れることとなる。3年間の出場停止処分(後に2年に軽減)を受け、1980年に行われたUEFAカップでは代表に召集されなかった。

1982年、スペインW杯代表に選出されたとき、ロッシは25歳だった。大会入りした後もコンディションはなかなか上がらなかったが、彼にとって起爆剤となったのが、2次リーグとして行われたブラジル戦であった。

この1戦でロッシはハットトリックを達成。1点目のヘディングによるゴールは、大会ベストゴールとも称された。また2点目は、ブラジルDFの僅かな隙を逃さず捉えたもの。試合前に高い位置でのプレスを指示した、ベアルツォルト監督の采配が光るゴールでもあった。



当時、ファルカンやソクラテス、ジーコを擁したブラジル。その世界最強の中盤は「黄金のカルテット」と呼ばれ、優勝候補の最右翼だった。
しかし、突如輝きを取り戻したロッシの活躍により、2次リーグで姿を消すことになる。その活躍から、ロッシは「ブラジルを泣かせた男」との異名をとった。

完全に調子を取り戻したロッシは、続くポーランド戦で2ゴール、決勝戦の西ドイツ戦でも先制となるゴールを挙げ、イタリアのW杯優勝に大いに貢献。その年のバロンドールも受賞した。

180cmに満たない小柄な身体ながら、嗅覚鋭い動き出しでゴールを生み出したロッシ。ストライカーに必要なものは、決して体格だけでないことを証明しているといえるだろう。

出展元:https://youtu.be/dUkrPNeYcNI...

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