【レジェンド】ドラガン・ストイコビッチ 〜名古屋に来る前に見せた神業〜

配信日:2015/09/03 10:30 Written by 中山 亮
5.0
【レジェンド】ドラガン・ストイコビッチ 〜名古屋に来る前に見せた神業〜
14 Jun 1990: Rincorn (left) of Colombia tackles Dragan Stojkovic (right) of Yugoslavia during the World Cup match in Bologna, Italy. Yugoslavia won the match 1-0. \ Mandatory Credit: Simon Bruty/Allsport
名古屋グランパスのエースとして2度の天皇杯優勝。そして名古屋グランパス監督としてリーグ優勝。Jリーグで「最優秀選手&最優秀監督」の両方のタイトルを獲得した事のあるのはドラガン・ストイコビッチただ1人です。
ドラガン・ストイコビッチの現役時代は、天皇杯でみせた華麗なドリブルや、豪雨の長良川で見せた神業のようなリフティングドリブルなどまさにファンタジスタでした。

そんなストイコビッチですが、名古屋に移籍が決まった時はそれほど話題になりませんでした。
名古屋に入団する4年前、オリンピック・マルセイユ入団時にはJPPことジャン・ピエール・パパンや後にキングと呼ばれるエリック・カントナ、魔法のようなドリブルをもつクリス・ワドル、アフリカのマラドーナことアベディ・ペレなど数多くの世界的名選手がいる中で10番を与えられるなどの評価を受けていた選手であるにも関わらず、彼自身にオリンピック・マルセイユでの怪我やそこからくる不調、さらにオリンピック・マルセイユの八百長問題、また名古屋グランパスもゲーリー・リネカーで失敗していた事も重なってか、世界的な名声と比べると不思議なほどメディアでも騒ぎ立てる事無く静かな来日でした。
当時は今ほど世界のサッカーを見る機会もその方法もなかったからしょうがないのかもしれません。

しかし一部では「あのストイコビッチが来るの?」「ユーゴスラビア代表のあのストイコビッチが??」とそれこそフォルランの来日が決まった時の様に喜びを持っている人々もいました。
その喜んでいた一部の人とは、Jリーグが始まる前のサッカーがまだマイナー競技だった頃、1990年イタリアワールドカップを見ていた人達。ちなみにこの時の日本代表はアジア一次予選で北朝鮮、インドネシア、香港のグループを抜けられず敗退しています。

そしてそのイタリアワールドカップを見ていた人たちが「あのストイコビッチ」といっていた「あの」とは1990年イタリアワールドカップ決勝トーナメント1回戦、スペイン戦で決めた2ゴールの事でした。
特に心を奪われたのは動画の40秒ごろから始まる展開で決めた先制ゴール。
このゴールは4年経っても「あの」として残ってしまう神業でした。
ちなみにゴールシーンでベンチ前で喜んでいるのはイビチャ・オシム氏。この時のユーゴスラビア代表監督でした。

出展元:https://youtu.be/3YCcpX2zJo8...

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